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福岡地方裁判所 平成4年(ワ)1935号 判決

原告

A

B

C

D

E

F

G(以上、平成四年(ワ)第一九三五号事件原告)

H

亡I1訴訟承継人I2

同I3

同I4(以上、平成六年(ワ)第七六五号事件原告)

右一一名訴訟代理人弁護士

藤金幸

藤民子

古本栄一

原田恵美子

被告

佐世保重工業株式会社

右代表者代表取締役

長谷川隆太郎

右訴訟代理人弁護士

西本恭彦

鈴木祐一

野口政幹

水野晃

主文

一  被告は、原告Cに対し、金六二〇万八一九〇円及びこれに対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告Eに対し、金八七一万七五七〇円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告Hに対し、金三九七万二七七〇円及びこれに対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告C、同E及び同Hのその余の請求並びにその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用中、原告Cと被告の間、原告Eと被告の間及び原告Hと被告の間に生じた分は被告の負担とし、その余の原告らと被告の間に生じた分は、その余の原告らの連帯負担とする。

六  この判決は、一ないし三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(平成四年(ワ)第一九三五号事件)

一  被告は、原告Aに対し、金一三二九万〇八九〇円及び内金一二〇七万〇八九〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告Bに対し、金一三六一万四一五〇円及び内金一二三七万四一五〇円に対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告Cに対し、金六八二万八一九〇円及び内金六二〇万八一九〇円に対する平成二年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告Dに対し、金九七九万六五三〇円及び内金八九〇万六五三〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告は、原告Eに対し、金九五八万七五七〇円及び内金八七一万七五七〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告は、原告Fに対し、金一六六一万六六三〇円及び内金一五一〇万六六三〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  被告は、原告Gに対し、金一五六五万七一五〇円及び内金一四二三万七一五〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(平成六年(ワ)七六五号事件)

一  被告は、原告Hに対し、金四三七万二七七〇円及び内金三九七万二七七〇円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告I2に対し、金六八五万二二七〇円及び内金六二二万七二七〇円に対する平成二年一月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告I3に対し、金三四二万六一三五円及び内金三一一万三六三五円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告I4に対し、金三四二万六一三五円及び内金三一一万三六三五円に対する平成二年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に懲戒解雇された従業員又はその相続人である原告らが、懲戒解雇事由の不存在を主張して、退職金を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告

被告は、船舶建造、修理等を主たる業務とし、東京都に本社を、長崎県佐世保市に主たる生産拠点である造船所を有する株式会社である(以下「被告」又は「被告会社」という。)。

2  原告ら

原告らは、いずれも佐世保造船所に勤務する被告会社の従業員であった者、又はその相続人である(以下、原告I2、同I3及び同I4を除いたその余の原告及び亡I1を総称して「原告ら」という。)。

(一) 原告Aは、昭和四一年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所関連企業管理室長代理(課長格)、昭和六三年四月に事業開発室主任部員、同年一一月に管理室関連企業管理グループ主任部員に各就任し勤務していたが、平成元年一一月所長付主任部員に異動となり、同年一二月二六日に懲戒解雇された。

(二) 原告Bは、昭和三九年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所経理部経理課長に就任し勤務していたが、平成元年一一月所長付主任部員に異動となり、平成二年一月一二日に懲戒解雇された。

(三) 原告Cは、昭和四一年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所経理部企画調査課主務、昭和六三年一一月に管理室企画管理グループ総合計画主務、平成元年一一月に業務部企画管理グループ総合計画主務に各就任し勤務していたが、平成二年一月一二日に懲戒解雇された。

(四) 原告Dは、昭和四四年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所経理部企画調査課長、昭和六三年一一月に管理室企画管理グループ主任部員に各就任し勤務していたが、平成元年一一月所長付主任部員に異動となり、同年一二月二六日に懲戒解雇された。

(五) 原告Eは、昭和三七年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所修繕部塗装課第二塗装係長心得に就任し、平成元年一二月一日に船舶統括部修繕部塗装課主任グループ主任部員(係長格)に異動となり、同月二六日に懲戒解雇された。

(六) 原告Fは、昭和三八年四月被告会社に入社し、昭和六二年七月に佐世保造船所工作部長、同年一二月に修繕部長、昭和六三年一一月に品質保証部長に各就任し勤務していたが、平成元年一一月所長付主任部員に異動となり、同年一二月二六日に懲戒解雇された。

(七) 原告Gは、昭和三九年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所陸上機械部長、昭和六三年一一月に鉄構統括部長に各就任し勤務していたが、平成元年一一月社長付主任部員に異動となり、同年一二月二六日に懲戒解雇された。

(八) 原告Hは、昭和四八年四月被告会社に入社し、昭和六二年一二月に佐世保造船所工作部工作課船殻係長、昭和六三年一一月に船舶統括部工作部工作課組立船殻係長に各就任し勤務していたが、平成元年一二月一日に陸機プラント統括部陸上機械部陸機課主任部員に異動となり、同月二六日に懲戒解雇された。

(九) 亡I1(以下「亡I1」という。)は、昭和四一年四月被告会社に入社し、昭和六三年一一月佐世保造船所船舶統括部修繕部長に就任し勤務していたが、平成元年一一月所長付主任部員に異動となり、同年一二月二六日に懲戒解雇された。原告I2、同I3及び同I4は、亡I1の相続人である。

3  原告らの解雇

被告は、原告らにつき、被告の名誉及び対外的信用を毀損し、又は被告に多大な財産的損害を与え、あるいは被告の企業内秩序を破壊した行為があり、右行為が就業規則六九条六号、七号、一〇号及び一四号に該当(ただし、原告Bと同Cについては、同条七号、一三号ないし一五号に該当)するとして、原告らを懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

なお、就業規則六九条(出勤停止及び懲戒解雇)のうち右各号の内容は次のとおりである。

六九条六号 故意若しくは私益のため職務に関し社外より金品その他の利益を受け、又は社外にその他の利益を与えたとき。

七号 故意又は重大な過失により建造物・設備・材料その他を損壊若しくは紛失し、又は会社に著しい損害を与えたとき。

一〇号 会社の金品を窃取横領したとき、又はこれらの行為をしようとしたとき。

一三号 その他諸規則・達示に違反し、その情状特に重いとき。

一四号 前条各号の一に該当し、その情状特に重いとき。

一五号 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき。

4  原告らの算定退職金額

原告らについて、被告会社の退職金支給規定に基づき算出した退職金の額は次のとおりである。なお、同規定九条には、原則として解雇日より五日以内に退職金を支給する旨の定めがある。

(一) 原告A 一二〇七万〇八九〇円

(二) 原告B 一二三七万四一五〇円

(三) 原告C 六二〇万八一九〇円

(四) 原告D 八九〇万六五三〇円

(五) 原告E 八七一万七五七〇円

(六) 原告F 一五一〇万六六三〇円

(七) 原告G 一四二三万七一五〇円

(八) 原告H 三九七万二七七〇円

(九) 亡I1 一二四五万四五四〇円

二  争点

本件懲戒解雇の相当性及び手続的適法性

三  当事者の主張

(被告の主張)

1 原告らの懲戒事由

(一) 架空伝票事件

原告A、同D、同F、同G及び亡I1は、被告会社の幹部社員の地位にありながら、また、原告E及び同Hは、被告会社の中堅社員の地位にありながら、いずれもその地位を利用して、被告会社の取締役及び社員と共謀して、実際には工事が存在しないにもかかわらず、架空伝票の作成に関与し、被告会社に総額五億三五九六万〇六二〇円の損害を与えた。

また、同原告らは、右架空伝票に基づき業者に不正に支払われた金員の中から一部を交付させて、自ら領得し、被告会社の被った損害金から不当な利得を得ていた。

なお、各原告が直接関与した不正伝票の枚数及び合計額並びに領得金額等は次のとおりである。

原告A 六八枚、六五九四万〇五五〇円、領得金額等は九九〇万円の現金ほか一五万円のバイク購入費用等(昭和六二年一二月ころから平成元年七月ころまで関与)

原告D 一九三枚、一億九〇八六万三九四〇円、領得金額等は一二〇〇万円余の現金と四〇〇万円の自宅修理費用等(昭和六二年一二月ころから平成元年七月ころまで関与)

原告F 一三〇枚、一億一三〇〇万円余、領得金額一四〇万円(昭和六二年七月ころから昭和六三年七月ころまで関与)

原告G 二八枚、三五四八万七四四〇円、領得金額六一〇万円(昭和六二年一二月ころから平成元年七月ころまで関与)

亡I1 六一枚、八〇〇万円余、領得金額等は五〇〇万円の現金及び八〇万円相当の乗用車一台(昭和六三年一一月ころから平成元年七月ころまで関与)

原告E 一九枚、二六一〇万五〇〇〇円、領得金額三〇〇万円(昭和六三年二月ころから平成元年五月ころまで関与)

原告H 五二枚、五三〇〇万円余、領得金額三一〇万円(昭和六二年一二月ころから平成元年七月ころまで関与)

(二) スナックダンセンでの飲食等

原告らは、社内の策謀グループが架空伝票操作に基づき捻出した金員を支払資金としたスナックダンセンでの会合に参加し、飲食等したことにより、被告会社の被った損害金から不当な利得を得ていた。ダンセンにおいては、被告会社の取締役であった訴外S(以下「S」という。)を中心として被告会社の経営体制の転覆を謀る謀議が連日行われており、原告らはこれに参加していたものである。

また、原告Cは、右ダンセンでの会合に毎回のごとく頻繁に出入りし、他の参加者の飲食代を右資金で支払ったり、参加者への出席要請をするなど、会合の世話役的立場にあった。

(三) 連判質問状事件

原告A、同B、同D、同F、同G及び亡I1は、右架空伝票事件等の不正行為を隠蔽し、かつ、被告会社の経営乗っ取りを企んだ右翼の首領であるK(以下「K」という。)と共同して、Sらと共に被告会社の経営体制の転覆を謀るため、平成元年六月二九日、他の管理職らと一緒に連判質問状を作成して被告会社の代表取締役である長谷川隆太郎(以下「長谷川」という。)に提出し、被告会社内の混乱を謀った。

(四) 趣意書事件

原告A、同D、同G及び亡I1は、右連判質問状の提出に続けて、平成元年七月一九日、被告会社の経営体制に異を唱え、その転覆を図る戦略戦術を立案し実行していくことの決意を表明するため、その旨を記載した趣意書を作成し、その起草発起人となった。

また、原告B及び同Fは、右趣旨に賛同し、趣意書に賛同者として署名した。

(五) 会社施設の無断利用等

原告A、同B、同D、同E、同F、同G及び亡I1は、右趣意書の決意を実行するため、業務中であるにもかかわらず、会社施設を無断で使用し、社内策謀グループと謀議を重ね、会社の諸規則、諸規定を無視する背信性の著しい行為を繰り返した。

特に、原告A及び同Dは、平成元年六月二八日、当時の市原礎業務部長(以下「市原」という。)と共に朝会を強行開催して、出社禁止の処分を受けていたSに発言させ、他の管理職を煽った。

(六) 実印保管義務違反

原告Bは、Sが訴外大あたご食販株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役としての権限を濫用して同社と訴外昭和管財株式会社との間でコンサルタント契約等を締結したのに先立ち、同人が無断で訴外会社の会社実印を改印したことを知りながら、これを被告会社に報告せず、さらに、同人が右実印を持ち出していたにもかかわらず、被告会社が指示するまでその返還を求めなかったなど、経理課長として関連会社の実印を保管する職務を放棄し、右実印がSらによって使用され各種契約や登記がなされるという結果を招来させ、これにより被告会社は多大な損害を被った。

(七) 策謀協力行為

原告Cは、昭和六三年七月一一日から従来の職務に加えて役員室業務の応援を命ぜられていたものであるが、Sの指示のもと常に同人に追従し、被告会社の乗っ取りを企んだKグループと共謀して、Sらと共に被告会社の経営体制の転覆を策謀し、次のような行為を行った。

(1) 平成元年七月の夜間、佐世保市内において、社内外に大量に中央政経会議所名の「SSK残酷物語」なる怪文書を配布してまわり、被告会社の名誉、信用を著しく毀損させた。

(2) 同月一一日、趣意書の内容が長谷川社長の退陣等を企図するものであり、右趣旨についての賛同者の証としてKに示すものであることを認識しながら、趣意書を東京の都ホテルに宛ててファックス送信した。

(3) Sが権限を濫用して訴外会社の会社実印を改印したことを知りながら被告会社に報告せず、かつ、これを借り出すとともに右実印の印鑑証明書につき申請書を偽造して交付申請したことにより、訴外会社と訴外昭和管財株式会社との間の不正なコンサルタント契約締結に寄与し、被告会社に多大な損害を与えた。

(4) 業務中であるにもかかわらず、上司でもないSの指示を受けて他の原告らへの連絡等をし、会社の諸規則、諸規定を無視する行為を繰り返した。

2 以下のとおり、原告らにはそれぞれ懲戒事由が存するが、原告らに認められる懲戒事由該当行為を各人ごとに挙げると次のとおりとなる。

原告A 架空伝票、ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(発起人)、施設の無断利用等(朝会強行開催)

原告B ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(賛同者)、施設の無断利用、実印保管義務違反

原告C ダンセンでの飲食(世話役)、策謀協力行為

原告D 架空伝票、ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(発起人)、施設の無断利用等(朝会強行開催)

原告E 架空伝票、ダンセンでの飲食、施設の無断利用

原告F 架空伝票、ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(賛同者)、施設の無断利用

原告G 架空伝票、ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(発起人)、施設の無断利用

原告H 架空伝票、ダンセンでの飲食

亡I1 架空伝票、ダンセンでの飲食、連判質問状、趣意書(発起人)、施設の無断利用

(原告らの主張)

1 背景事情

被告会社内において発生した一連の事件は、SとKとが策謀した被告会社の乗っ取り工作を実行する過程で生じたものであり、専らSの個人的資質、動機に基づく事件である。原告らは、SやKらと共謀した事実もなければ、Sらが右のような策謀を謀っていた事実も知らず、これに協力することはありえない。また、原告らは、被告会社の経営体制を転覆させる意図も有しておらず、被告会社の厳しい経営状況を乗り切るために、それぞれ努力していたものである。

2 被告主張の各懲戒事由について

(一) 架空伝票事件

架空伝票事件に関わったとされている原告らは、上司又は前任者から、決算対策あるいは損益調整であるとの説明を受け伝票に署名したことはあるが、それ以上に不正の利益を得ようとしたことはない。

原告A及び同Dは、架空伝票の作成に関与した事実はなく、多数の伝票を処理する中で、精巧に作られた架空伝票を発見し、不正な支払を防止することは不可能であった。また、原告Dは、伝票に関する業務についてはT(以下「T」という。)の助言に従い処理するしかなく、同人の言うとおりに処理していたに過ぎないものである。

原告Eは上司であった林田課長から、原告Hは上司であった重田課長から、いずれも決算対策との説明を受け署名したに過ぎない。

原告F及び亡I1の所属していた修繕部においては大量の伝票を扱っており、修繕部長として個別のチェックをすることは不可能であった。

なお、右伝票に基づく金員の授受に関して、原告らは、交際費又は接待費として受領したことはあるが、自己の利益のために費消したことはなく、受け取った金銭は会社のために有用な使途に使っている。

(二) スナックダンセンでの飲食等

原告らは、いずれ飲食代金の徴収があるものと考え、その場では支払わなかったが、そのようなことは被告会社において頻繁になされていたことである。原告らは、Sの真の目的あるいは架空伝票操作により領得した金員で支払がなされていたことは知らず、また原告Cは、ダンセンにおける飲食代金を架空伝票操作により得た金員により支払ったことはない。

なお、原告らがダンセンの会合に参加したのは、慰労会出席のため、又は単に飲食目的だったのであり、同会合で被告会社の経営体制転覆のための謀議はなかった。少なくとも原告らは飲食していたのみで、謀議がなされた事実は知らない。

また、原告Cが会合参加者への出席要請をしたのは、いずれもSの秘書として同人の指示に従った業務上の行為である。また、ダンセンにおけるSらの目的は関知しておらず、業務遂行の一環として慰労会の世話役をしていたに過ぎない。

(三) 連判質問状事件

連判質問状を作成し、あるいはこれに署名した原告らは、被告会社に対する公開質問状を読み、また、長谷川社長の朝会での不可解な言動を見聞し、同社長に事実を問い質すことが必要と考えたが、その場での口頭による質問が躊躇されたことから書面によったまでである。

また、右原告らは連判質問状の提出には関与していないし、連判質問状の文面は何ら企業秩序に反するものではない。

(四) 趣意書事件

本件趣意書は、経営状態の厳しい被告会社の現実を乗り切りこれを立て直すために管理職一同が結束しようと考え、又は管理職として誠心誠意会社再建に尽くす精神を再確認することに趣旨があり、以前、同趣旨の嘆願書を作成したときの原点にかえり、右の意味での決意を個人的に新たにしたものである。

したがって、趣意書に署名した原告らには、Sらへの交付やそれ以上の目的があったわけではないし、仮に市原の趣意書作成の趣旨がS支援にあったとしても、同原告らはそのことを知る由もなかった。

また、趣意書の文面は何ら企業秩序を害するものではないし、原告B及び同Fは、そもそも署名時に文面を見ていない。

なお、原告Gは趣意書に署名しておらず、趣意書の原告G名義部分は何者かにより偽造されたものである。

(五) 会社施設の無断利用等

原告A、同B、同D、同E、同F、同G及び亡I1は、会社施設を無断で使用し、被告会社の経営体制転覆を策謀して社内グループと謀議を重ねた事実はない。

また、原告A及び同Dは、被告が主張する朝会には招集されて参加したのであり、同原告らが朝会を強行開催した事実はない。

(六) 実印保管義務違反

訴外会社の実印の改印は、同社の代表取締役を兼務するSにより行われたのであり、これを原告Bが聞知しても被告会社に報告する義務はない。また、Sに訴外会社の実印を預け、被告会社からの指示があるまで返還を受けなかったとしても、訴外会社の代表取締役であるSの要請により同社の実印を渡したのであり、何ら実印の保管義務に違反することはない。

(七) 策謀協力行為

原告Cは、被告会社の正式な辞令に基づき本来の職務のほかSの秘書係を兼務しており、被告の主張する原告Cの各行為は、Sの業務上の指示に機械的に従って行動したに過ぎないものである。

(1) 被告主張の懲戒事由のうち、(1)の「SSK残酷物語」なる文書を配布した事実及び(3)のうち実印の改印を知りつつ報告しなかった事実は、いずれも存しない。原告Cは右改印の事実を知らなかった。

(2) 同(2)の趣意書のファックス送信については、その内容を知らず、また、送付先がKであるとの認識はなかった。

(3) 同(3)のうち、訴外会社の実印の借り出し及び印鑑証明書の交付申請の各事実、(4)のSの指示に従った行動は、いずれもSの秘書としての業務上の行為である。

3 懲戒解雇手続の不備

(一) 被告会社の懲戒解雇手続は、極めて公正さを欠いている。

原告らに対する事情聴取においては、外形的な行為を問い質されたのみであり、各行為の意図、目的の有無等は一切問われていない。被告会社は、原告らに対して、懲戒事由を示して、これに対する弁明の機会を与えるという最低限の手続も踏んでいない。また、本件一連の事件に関与したとされている被告会社の社員の中には何らの処分も受けていない者がいる。

(二) 連判質問状事件に関与した原告らは、質問状への署名及び提出を理由として既にけん責の懲戒処分を受けており、これを本件解雇の理由とすることは同一事実に基づく二重処分にあたり許されないものである。

(三) 原告A及び同Dには、形式的にも全く事情聴取がなされていない。

第三争点に対する判断

一  前提となる事実関係

争いのない事実並びに証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

1  被告会社の経営体制の推移

被告会社は、昭和四〇年代後半から、世界的な造船不況に石油危機と円高が重なって経営危機に陥り、昭和五三年には坪内寿夫(以下「坪内」という。)が代表取締役社長に就任した。同人は人員削減策を図るなどして合理化を敢行し経常利益も増加したが、その後のドル安、海運不況を乗り切ることはできず、被告会社の経営からの事実上の撤退を余儀なくされた。同人に代わって昭和六二年に代表取締役社長に就任した川崎孝一(以下「川崎」という。)も、多額の赤字を計上して一年間で退陣することになり、昭和六三年六月二九日、日本興業銀行の推薦を受けた長谷川が代表取締役社長に就任した。

2  嘆願書

坪内社長時代、同社長は、佐世保造船所内に所長室を新設し、同社修繕部第二課長であった姫野有文(以下「姫野」という。)を同室長取締役に抜擢し、同人を中心に人員削減等の合理化を進めたが、管理職に対する締め付けが厳しかったことなどから、管理職の間でも坪内社長及び姫野に対する反感が強かった。川崎が社長に就任すると、姫野は降格され、反姫野派の管理職が主導権を握った。

昭和六三年に川崎社長に代わって長谷川が社長に就任することが決まると、姫野が再び役員に就任するとの噂が流れたため、同年四月以降、管理職多数名が集まって、姫野ほか一名が役員や重要なポストに就くことを阻止しようと話し合い、同年六月ころ、原告A、同B、同D、同F、同G及び亡I1を含む管理職七三名の連名で嘆願書を作成した。

嘆願書には、姫野は坪内元社長の権力を背景に、あらゆる権限を集約し、会社を私物化し、被告会社の体質を弱体化してきた人物であり、同人が所長室長時代に恐怖政治さながらの運営をし、業者と癒着し、特定業者への不透明な発注を繰り返していたなどと同人を中傷する内容を記載し、姫野ほか一名に経営の中枢にかかわる組織、人事、企画及び発注業務等に関する権限を付与しないこと及び両氏を佐世保勤務にさせないことを要望する旨記載されていた。しかしながら結果的には、長谷川社長が右嘆願書を受け取ることはなかった。

二  各懲戒事由の判断

1  架空伝票事件

(一) 架空伝票の作成及び発覚に至る経緯

証拠(〈証拠・人証略〉)によると、以下の事実が認められる。

(1) 被告会社の社長が坪内から川崎に交代した昭和六二年七月ころ、当時企画調査課総合計画主務であったTは、佐世保造船所経理担当取締役の大坪一男(以下「大坪」という。)から株主総会対策等のため裏金を捻出して欲しい旨の依頼を受け、下請業者の協力を得て、架空の伝票を発行して下請業者に支払われた金員の中から一部を除いて返還させる手段により裏金を捻出するようになった。架空伝票を作成する方法による裏金の捻出には、これに協力する業者が必要不可欠であったが、大坪が下請業者の管理等を伴わない経理部門担当の取締役であったため、Tは、より容易に協力を得られる業者を確保しようと造船及び修繕を担う造修部長として現業部門を監督する立場の取締役であったSに裏金作りへの協力を打診した。

(2) 右要請を受けたSは、裏金作りが被告会社本社の経理担当常務(以下「本社常務」という。)の意を汲んだ大坪取締役の指示によるものとの説明を受け、これに協力することにするとともに、自己の被告会社における勢力の維持、拡大のためにも裏金を捻出させることとし、Tに対し、実際に工事発注伝票等に署名をする担当の管理職等を指名し、これを受けたTは、指示された管理職等の下に架空伝票を持参して署名を貰い、右伝票に基づき下請業者の協力を得て裏金を捻出していた。

なお、架空伝票の配付及び裏金の交付等は、実際にはTの部下である企画管理課の工藤正勝(以下「工藤」という。)又は石田忠男がTの手足となって行っていた。

(3) 裏金作りのための架空伝票は、工事等を発注する担当の係長、これを決済する部課長、下請業者関係の管理者等の目に触れるものであったため、Sらから本社常務の意向であるとの説明を受けた伝票の事務処理ライン上にいる管理職らは次第に裏金作りに関与していき、中には自ら独自に、Tに対して裏金作りを依頼する者も現われるようになった。

Tは、昭和六二年一二月関連企業管理室長代理となった原告A及び経理部企画調査課長となった原告Dに対し、いずれも架空伝票による裏金作りには欠くことのできない立場にいる者であるとの認識の下、Sらの承諾を得て、裏金作りが本社常務の意向であり、大坪取締役及びSの依頼である旨説明して、架空伝票作成への協力を依頼した。

これを受けた原告A及び同Dは、Sらの指示に基づきTが準備した架空伝票の処理手続に協力するとともに、自らもTに依頼し同意を得て、架空伝票操作により捻出した金銭を受け取るようになり、原告Aにおいては昭和六二年一二月ころから多数回にわたり、少なくとも合計二〇〇万円の現金を、原告Dにおいては昭和六二年一二月下旬ころから多数回にわたり、少なくとも合計二〇〇万円の現金をそれぞれ受け取った。

なお、関連企業管理室は、下請業者を統括するとともに、これに関する伝票類を検査する立場にもある部署であり、また、企画調査課は、伝票類に関して不正がないかを検査し、これを防ぐ機能を果たすべき部署である。

(4) 原告Fは、工作部長であった昭和六二年九月ころTから前記裏金作りの趣旨の説明を受け、原告Gは陸上機械部長であった同年一二月ころSから同様の説明を受け、亡I1は修繕部長であった昭和六三年一一月ころ原告Dから同様の説明を受け、いずれもこれに同意し、原告Fは昭和六三年七月ころまでの間に合計一二八枚、原告Gは平成元年七月ころまでの間に合計二八枚、亡I1は平成元年七月ころまでの間に合計六一枚の架空伝票の作成にそれぞれ関与し、かつ、工藤らを通してTから、少なくとも原告Fは一五万円、原告Gは一五〇万円、亡I1は六〇万円の現金をそれぞれ受領した。

なお、原告Fは、昭和六二年七月にもTの要請を受け、合計二枚の架空伝票に署名することにより被告会社の裏金作りに協力していた。

(5) 原告Eは、塗装課塗装係長心得であった昭和六三年二月ころ、直属の上司である林田塗装課長から、架空伝票作成が本社常務及び大坪、Sら取締役の指示であるとの説明を受け、また、原告Hは工作課船殻係長であった昭和六二年一二月ころ、直属の上司である重田工作課長から同様の説明を受け、右指示に従い架空伝票の作成に関与するようになり、TがSらの指示に基づきそれぞれ林田課長、重田課長を通して回した架空伝票に署名した。

原告Eは、昭和六三年二月ころから平成元年五月ころまでの間、合計一九枚の架空伝票の作成に関与するとともに、工藤を経由してTから少なくとも現金三〇万円を受領した。また、原告Hは、昭和六二年一二月から平成元年七月ころまでの間、合計五二枚の架空伝票の作成に関与するとともに、工藤らを経由してTから少なくとも現金一五万円を受領した。

(6) 被告会社の幹部社員の指示によりTが事務処理を担当して行われた右一連の架空伝票による裏金作りは、Sによる被告会社に対する背任事件が起こり、警察による被告会社内部の者に対する捜査が開始された平成元年七月ころまで続けられ、その総額は伝票額面にして五億円前後に上っていたが、右捜査の進展とともにその概要が被告会社に発覚することになった。

(二) 各原告らの責任

裏金作りに関与したと被告が主張する原告らは、いずれも架空伝票に署名すること等により裏金作りに関与していると認められ、決算対策又は損益調整のための伝票であったという同原告らの主張は採用できない。

右原告らの行為は就業規則六九条六、七号の懲戒事由に該当するものであるが、その関与形態は各原告ごとに異なるのであるから、その立場、関与の度合に応じて責任が論じられるべきである。

(1) ところで、被告の主張を裏付けるTの被告会社に対する上申書(〈証拠略〉、以下「T上申書」という。)は、同人が被告会社を懲戒解雇された後、就業中であった大阪府所在の会社を休職して被告会社の下に滞在し作成されたもの(〈人証略〉)で、その内容は各原告の個々の架空伝票作成及び現金授受について極めて詳細に陳述するものであり、一連の事実関係について大筋においては同人の実体験と相違ないと評価できるものである。しかしながら、各個別の事実関係については、その内容が単調な表現の繰り返しとなっているばかりか、被告の主張に迎合する表現が見受けられ、前記の作成状況も考慮すると、個別の事実関係、とりわけ各原告の現金受領額の認定にそのまま供することはできないといわなければならない。

そして、被告の主張に沿う(人証略)の証言も直ちに採用することはできず、その他本件における全証拠をもってしても、架空伝票に関するすべてが被告主張のとおりの共謀者間において作成され、被告主張のとおりの額の裏金が各原告に分配されたものと断ずることはできない。

また、架空伝票により捻出された金銭には、交際費として交付され、発注先への接待や社内の備品購入に充てられた分もあり(〈証拠・人証略〉)、その限りにおいて被告主張金額の全額が被告会社の損害とは言い切れない部分もあり、各原告の責任を検討するにあたってはこの点も考慮する必要がある。

以上を前提に各原告について、それぞれ関与の度合及び責任を検討する。

(2) まず、原告Aと同Dについて検討するに、被告は、原告Aは現金九九〇万円を受領したほかバイク購入費用等を裏金により捻出し、原告Dは現金一二〇〇万円余を受領したほか自宅修理費用等を裏金により捻出したと主張するが、前記認定のとおりであって、右主張を認めることはできず、これに反する部分のT上申書及び(人証略)の証言は信用できない。

しかしながら、前記認定によれば、両原告は、いずれも被告会社の課長職として、支払伝票に関する統括責任者的な立場にあり、本来、不正な伝票操作行為を防止すべき立場の職務に就いていたにもかかわらず、架空伝票の作成に主体的に関与し、T及びSからその趣旨について直接説明を受けていたものであり、その認識も単に会社のためというにとどまらず、Sの勢力維持、拡大のための資金として利用されるものでもあることを知りながらこれに協力していたと評価でき、また、自らもTと共同して架空伝票操作により裏金を捻出させた上、相当額の現金を受領していたことに照らすと、その責任には重大なものがあるといわざるを得ない。

(3) 次に原告F、同G及び亡I1について検討するに、前記認定によれば、同原告らは、いずれも被告会社の部長職という重要な立場にありながら、Tから直接裏金作りの趣旨の説明を受けた上で架空伝票の作成に協力しており、また、これに基づき捻出された金員の一部を受け取るなど、一連の架空伝票事件につき重大な責任があるというべきである。

(4) 次に原告E及び同Hについて検討する。

T上申書には、架空伝票を同原告らに回したところ何も言わずに署名していたのであるから、同原告らは当然事情を知っていたと思うとの記述もあるが、一方では、同原告らに関してはSから同人が直接話をしておくとの説明を受けたため、林田課長又は重田課長を通して架空伝票を持っていったに過ぎず、原告E及び同HとT自身は架空伝票に関する話をしたことがないとの記述もあり、右上申書から直ちに、同原告らに会社組織の意図、目的を離れた裏金作りのための架空伝票との認識があったと断定することはできない。むしろ、前記認定によれば、同原告らは、架空伝票の作成が本社常務及び大坪、Sら取締役の指示であることを直属上司から知らされていたのであるから、上司の業務上の指示に類する指示があったものと捉えて、Tが回してくる伝票に署名していたものと認められ、これを拒否できる立場にはなかったというべきである。

同原告らが金銭を受領していたことは問題となるが、T上申書の記述からは、同人は架空伝票関与者に対し、現場監督の接待、経費不足分の補助に使用するようにと積極的に金銭の受領を持ちかけたこともあったと窺え、同原告らは右の用途に使用していたことが認められる(原告E及び同Hの各供述)から、金銭受領の点においても同原告らに私的な横領の意図があったとまでは認められない。

これに対して、T上申書には、原告Eがお礼を述べたこと等から同人は裏金と自覚して不正行為に関与していたとの記述があるが、仮にお礼を述べたことが認められるとしても、交際費の補助の配付業務を担当するTに対する謝礼の意図を述べたに過ぎないと解することが可能であり、これに反するT上申書の記述は信用できない。また、原告Hには不正な裏金であるとの認識があったとするT上申書の記述も、Tの直接体験から記されたものではなく、同人が重田課長の諸言動から推測したものにとどまり、前記認定を覆すに足りない。

そうすると、原告E及び同Hについては、本件架空伝票事件について、主体的、積極的に関与したわけではなく、係長の立場において上司の指示に従い、会社のために行動したものであるといえるから、同原告らの関与の度合は他の原告に比べ薄く、責任も軽いものがあるといわなければならない。

2  スナックダンセンでの飲食等

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、以下の事実が認められる。

Sは、平成元年七月始めころから、反姫野派であり、かつ、Sを支持する管理職らを佐世保市内のスナックダンセンに度々集め、社長批判、姫野批判の会合を重ねていた。

役員室の応援業務を命ぜられていた原告Cは、右会合がSの主催するものであったため、同人の指示を受けて、会合参加者への連絡や現場での接待役を務め、その余の原告らは、それぞれ慰労会、懇談会を行うので参加するようにとの誘いを受け、各自数回にわたり右会合に参加した。

ダンセンでの会合は、三々五々人が集り、酒を飲み歌を歌いながらSを支持し姫野を批判する話がなされるというものであったが、同月半ばころには、Sから、政財界の後ろ盾があるKが長谷川社長の追い出し及びSの復帰に協力してくれているとの話がなされた。

なお、原告らは、ダンセンにおける飲食代金等の支払を一度もしていなかった。

(二) 右認定によれば、ダンセンでの会合は、反姫野派の結束を固め、S支援者を維持、拡大していくために開かれたものと認められるが、個々の参加者における参加することの意義についての認識は異なり、単に会社内の一派閥の会合の意図で参加した者もいたと推認できるし、SによるKの紹介も、同人が右翼の首領であり、不正な手段により会社の経営体制転覆を目論んでいるとまでの説明があったとは認められない。

そして会合の実体が、他の人が出入りすることが可能な一般のスナックで(〈人証略〉)、三々五々人が集まって酒を飲み歌を歌いながらSを支持し姫野を批判する話をするという程度のものであったことに鑑みると、参加した原告らにとっては社会的相当性を欠いた行為とまではいえず、原告らの会合への参加行為が懲戒事由に該当するとはいえない。

(三) なお、ダンセンでの飲食費用について、原告らはその支払をしていないが、会合においてその場で支払がなされないこと自体は不合理なことではなく、また、上司の取締役であるSの主催する会合において、飲食代金等をSが負担することは何ら不自然ではないのであるから、原告らにおいて、右費用が架空伝票操作により捻出された裏金により支払われていたことを具体的に認識していたことを認めるに足りる証拠がない以上、ダンセンでの飲食行為自体をもって、原告らが不当な利益を得ていたと判断することはできない。また、原告Cが架空伝票により捻出した金銭によりダンセンでの飲食代を支払ったと認めるに足りる証拠はない。

3  連判質問状事件

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 公開質問状の配布

Sは、昭和六二年六月に取締役に、昭和六三年六月からは、佐世保造船所長代行に就任していたものであり、川崎社長時代、架空伝票事件に加担して現金を受領していたことがあった。Sは、長谷川が社長に就任した後、自分が姫野派に軽んじられているとして不満を抱くとともに、姫野らに架空伝票事件が発覚することを恐れ、長谷川社長と姫野の追い落としを企てていた。

一方、Sと同様架空伝票事件に加担していた一部の下請業者は、姫野が被告会社の中枢に復活すると、それまでの不正が発覚するばかりか、以前行われていたように下請業者に対する締め付けが厳しくなり、また、それまで自社に認められていた下請代金支払の際の優遇措置等が認められなくなると考え、平成元年六月ころSに接近し、協力して姫野らを追い落とす謀議を計った。

そしてSらは、右翼の首領であるKらに姫野の追い落とし方及びSの会社中枢への復帰について協力を要請した。これに対してKらは、Sらと被告会社内外の不満分子の謀反に乗じて不正の利益を得ようと企て、Sに対しては、政財界の重要人物と知り合いであるかのように装い、姫野を追い出し、Sを経営陣に復帰させるように取り計らう旨約束した。

同月二三日ころ、Kらの要請に応じて、Sの了解のもと被告会社の社名入り封筒三〇〇枚が持ち出され、同月二九日に佐世保造船所内で開催予定の定時株主総会直前の同月二五日ころ、日ソ友好センター名で被告会社における不正行為と特定個人の中傷を内容とする公開質問状と題する書面及び同センターが姫野から政治献金として二億円を受領した旨の領収証が入れられた右封筒が、相次いで被告会社内外の関係者に配布された。その後、被告会社から右公開質問状に対する回答がなされなかったため、Kは警告書なる文書を被告会社に送付し、被告会社に対する脅迫行為を行った。

(2) 朝会事件

公開質問状及び警告書の配布後、同月二七日の被告会社の朝会において、Sが集まった管理職らに対し公開質問状等に関する話をしていたところ、長谷川社長が近寄り、Sに掴みかかるなどして同人をその場から退出させ、右管理職らに対し、公開質問状は会社内部の者による不当な嫌がらせであり、直後に控えた株主総会に対する妨害行為である旨の説明をした。

(3) 連判質問状の提出

朝会事件直後、一部管理職らは、公開質問状配布に至る被告会社の対応、公開質問状の内容及び二億円受領の真偽についての説明を求めた上、姫野を役員にすることに反対する内容の質問状を作成し、これに原告A、同B、同D、同F、同G及び亡I1を含む管理職ら五一名が就業時間中に佐世保造船所の建物内で署名捺印し、定時株主総会の前日である同月二八日、一部管理職らが長谷川社長に提出した。また、同日、市原は業務部長としての地位を利用して朝会を招集し、反姫野派の管理職を集め、Sに、現状を打開する決意を示す旨の演説をさせた。

長谷川社長は、同月三〇日、右連判質問状に署名した管理職らを集め、株主総会前に怪文書に振り回される管理職のふがいなさを指摘し、公開質問状等の記載内容は事実無根であると再び説明した。

(4) なお、Sは、同月二九日の定時株主総会で、同年七月一日付けで非常勤の取締役に降任となり、佐世保造船所長代行の職務も解任され、右降任等は被告会社発行の通報により被告会社の社員に知らされた。

(二) 原告Aらの右連判質問状の作成、提出行為は、就業規則六九条一五号に該当し、懲戒事由にあたることは明らかである。

右連判質問状につき、同原告らは、朝会での長谷川社長の言動に疑問を持ち、これを問い質すために提出したと主張するが、長谷川社長の説明にもかかわらず提出された経緯、公開質問状及び領収証の体裁、文面並びに被告会社内における権力闘争に関する前述の経過に照らしてにわかに採用できない。

右連判質問状の記載内容から判断すると、株主総会前に被告会社の経営体制に問題を生じさせ、被告会社の経営基盤を不安定なものに陥れる意図で作成、提出されたものと判断でき、これに署名捺印して右意思を明らかにした関与原告の責任は重大である。

なお、同原告らは、提出行為には関与していないと主張するが、右文面から判断するに、連判質問状は当然に提出されることを前提に作成されており、このことを同原告らは認識していたといえるから、具体的な提出行為自体に関与していないからといって、その責任を免れるものではない。

4  趣意書事件

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、以下の事実が認められる。

平成元年七月ころ、市原は反姫野派の結束を固める目的で趣意書と題する書面の原案を作成し、これを原告Aがワープロ打ちした。その後、原告Aらを含む管理職がこれに署名捺印し趣意書を完成させた。Sは、原告Cに指示して、Kらと謀議をしていた東京都内の都ホテルに趣意書をファックス送信させ、被告会社内のS及びKへの協力者を示す目的で、送信された趣意書をKに手渡した。

本件趣旨(ママ)書には、株主総会の結果により長谷川体制が坪内体制のかいらい体制であることが明確となったが、坪内体制の復活には断固反対し、メンバー全員により戦力(ママ)戦術を練ってこれを阻止する旨の記載があり、その下に趣意書起草発起人として原告A、同D、同G及び亡I1を含む一四名による署名捺印が、賛同者として原告B及び同Fを含む二二名による署名捺印がなされた。

(二) 原告Aらの右趣意書の作成行為は、就業規則六九条一五号の懲戒事由にあたるといえる。

右趣意書の趣旨につき、同原告らは、以前に嘆願書を作成したときの気持ちに帰り、管理職の結束をあらたにした個人的文書であると主張するが、右記載内容から判断するに、右趣意書は、被告会社の経営体制の変更を求め、これを実行するため戦術を練って行動していくことを決意した文書と評価でき、同原告らの主張は採用できない。

なお、原告B及び同Fは、趣意書の文面を見ずに署名した旨主張するが、連判質問状提出に引き続いてなされた趣意書への署名に至る経緯及び当時の被告会社内の状況に照らせば、右主張は採用できない。

また、原告Gは、趣意書には署名しておらず、何者かにより偽造されたものである旨主張するが、本件事実経過及び他の書面等への同原告の関与の度合に照らすと、右主張を採用することはできない。

5  会社施設の無断利用等

被告は、原告A、同B、同D、同E、同F、同G及び亡I1が、Sらと被告会社の経営体制転覆を謀るため、業務中会議室等の会社施設を無断で利用した旨主張するが、これを具体的に裏付ける証拠はない。

また、原告A及び同Dが朝会を強行開催して、Sに演説させ、他の管理職を煽ったとする被告の主張も、これを認めるに足る証拠がない。

6  実印保管義務違反

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によると、以下の事実が認められる。

(1) 被告会社における印鑑等の保管及び使用状況

原告Bは、被告会社の経理課長として、被告会社及び関連子会社の実印を管理すべき立場にあった者であるが、同人が管理する関連子会社の実印は、通常、使用する者の依頼に基づき、原告Bが自己の机の上に保管している印鑑箱の中から該当の実印を取り出し、その場で押印する扱いになっていた。また、ごく稀ではあるが、関連子会社の代表取締役の依頼により、該当の実印を被告会社外に貸し出すこともあった。

(2) 本件実印の貸出し及び利用

原告Bは、平成元年六月二六日、Sの依頼に基づき、原告Cに対し、Sが代表取締役を兼務していた訴外会社の実印を交付したが、その際、Sや原告Cに実印の具体的な使途を確認しなかった。また、原告Bは、同年七月六日に実印の返還を受けた際、貸出中にSにより実印が改印されたことを知ったが、被告会社の上司等へは報告しなかった。

さらに、原告Bは、同月一七日、原告CからSの命であるとの説明を受け、その要求に応じて訴外会社の実印を同原告に交付した。

Sは、Kらと共謀して、右改印後の実印を使用して、同年七月一日以後、訴外会社名義でKが実質的経営者である昭和管財株式会社に対する債務保証をし、また、訴外会社の不動産に抵当権等を設定したり、被告会社の不動産について賃貸借契約を締結するなど、被告会社に対して特別背任等の犯罪行為を行い、これによって被告会社は不実の登記を抹消するための訴訟費用等の金銭的損害を被った。

(二) 原告Bの責任

右認定の事実によれば、原告Bはその保管する訴外会社の実印を、同社代表取締役であるSの要求に応じて交付したのであるが、通常は実印は原告Bの下で押印する取扱いとなっていたこと、平成元年七月一七日の貸出しは、直前の同年六月二七日の朝会において長谷川社長がSに掴みかかる事件があり、Sと長谷川社長との対立関係が明確になっていた時期のことであること、その直後にSが被告会社の非常勤取締役に降任されていること、これらの事実を原告Bは認識していたと認められることからすれば、原告Bは右実印の利用目的について十分に注意する義務があったと認められ、これを怠りSによる改印の前後にわたり安易に貸し出し、かつ、改印を知った後の事後措置を怠った点において原告Bには重大な過失があったというべきである。そして、右過失の結果、不動産に抵当権を設定されるなど被告会社の被った損害も大きいものがある。

原告Bの右行為は、就業規則六九条七号の懲戒事由にあたるというべきである。

7  策謀協力行為

(一) 証拠(〈証拠・人証略〉)によると、以下の事実が認められる。

(1) 昭和六三年七月一一日、被告会社から役員室の業務応援を命ぜられた原告Cは、所属する企画調査課の仕事のほか、Sの指示に基づき同人の事務補助その他の秘書的業務を担うようになった。

(2) 原告Cは、前記4のとおり、Kに対し趣意書を交付するため都ホテルにいたSの指示を受けて、都ホテル宛に趣意書をファックス送信した。

(3) 平成元年七月一七日原告Cは、Sの指示を受け、訴外会社の実印を保管者である原告Bから借り出し、Sに届けた。また、Sの指示に従い、法務局に赴いて訴外会社の印鑑証明書を一〇通取得した。その際、法務局職員の助言に従い、S名義で申請書に署名している。

(二) 被告は、右認定の事実(2)について、原告Cは趣意書の内容及びKを精神的に援助するという目的を知りながらファックス送信したと主張するが、被告会社の経営体制転覆を図るKを精神的に援助する目的で同人に趣意書が交付されようとしていたことを原告Cが認識していたと認めるに足りる証拠はない。

また、同(3)については、印鑑の借り出し及び印鑑証明書の交付申請のいずれの点をみても、被告会社の命令により事実上の上司となったSの業務上の指示に従った行動と評価するのが相当であり、S名義で申請書を作成することについてもSの黙示の承諾があると認められるところである。原告Cにおいて、以上の認識を超えて被告会社の経営体制転覆のために各行為を行ったと認めるに足りる証拠はない。

(三) なお、被告は、右認定にかかる事実のほか、原告Cが「SSK残酷物語」なる怪文書を夜間佐世保市内に配布してまわったこと、Sの指示のもと、被告会社の経営体制を(ママ)転覆を謀り様々な行動をしていたことを主張するが、これらについては、いずれも事実を認めるに足りる具体的な証拠がない。

(四) 以上によれば、原告Cの行為が懲戒事由にあたるとは判断できない。

三  各原告の懲戒解雇の相当性

前記認定の事実を前提にして、各原告らにつき、それぞれ認められる懲戒事由を総合考慮して本件懲戒解雇の相当性を判断する。

1  原告A

前記認定のとおり、原告Aは、被告会社の関連企業管理室長代理という地位にありながら、これを利用して架空伝票事件に主体的に関与し、少なくとも二〇〇万円の現金を受領しているほか、連判質問状を作成、提出し、発起人として趣意書に署名するなど、被告会社の経営体制に異議を唱え、経営権に不当に介入する行為を繰り返していたものである。

以上を総合すると、原告Aには被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用と判断することはできない。

2  原告B

前記認定のとおり、原告Bは、連判質問状を作成、提出し、賛同者として趣意書へ署名して被告会社の経営権に不当に介入したほか、経理課長としての関連会社の実印保管義務に違反する重大な過失があったものである。

以上を総合すると、原告Bには被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用と判断することはできない。

3  原告C

前記認定のとおり、原告Cは、Sの指示に従い、ダンセンにおける参加者の呼出し、訴外会社の実印の借り出し及び印鑑証明書の交付申請等を行っているが、原告Cが被告会社から取締役であるSの事務補助、秘書的業務を命ぜられていた立場上、Sの業務上の指示には従う義務があるのであり、ダンセンでの会合の出席者への連絡等を含めて、原告CはSの指示に反することはできない立場にあったといえるから、これらの行為をもって懲戒解雇事由とすることは相当でない。

また、趣意書のファックス送信の事実については、原告Cが記載内容を認識して送信していたとしても、右同様Sの指示に従ったことを考慮すれば、右事実のみを理由に懲戒解雇処分として退職金を不支給とすることは重きに過ぎるというべきである。

以上によると、原告Cに対して被告がなした懲戒解雇は相当ではなく、懲戒権を濫用したものとして無効といわざるを得ない。

4  原告D

前記認定のとおり、原告Dは、被告会社の経理部企画調査課長という地位にありながら、これを利用して架空伝票事件に主体的に関与し、少なくとも二〇〇万円の現金を受領しているほか、連判質問状を作成、提出し、発起人として趣意書に署名するなど、被告会社の経営体制に異議を唱え、経営権に不当に介入する行為を繰り返していたものである。

以上を総合すると、原告Dには被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用と判断することはできない。

5  原告E

前記認定のとおり、原告Eは、塗装係長心得の立場において架空伝票の作成に関与し、これに基づく現金三〇万円を受領しており、これらの点においては当然非難に値するのであるが、伝票の作成自体は、本社常務及び大坪、Sら取締役の指示であると直属の上司である林田塗装課長から説明を受けて、これに従いなされたものであって、右指示は、外形的にみれば被告会社組織の指揮命令系統に則りなされた指示と見ることができるし、受領した金銭も会社経費の補助に使用したと認められるところである。

そして架空伝票事件においてTの指示に従い実働部隊として行動していた工藤が懲戒解雇処分になっていないと認められること(〈人証略〉)を併せ考慮すると、原告Eの架空伝票事件への関与の程度をもって懲戒解雇とするには、懲戒処分の公平性の観点から均衡を失するものといえる。

そうすると、これら原告Eの行為をもって、勤続二五年を超える同原告の被告会社に対する功績を失わせる程度の背信行為があった評価することはできず、同原告に対し懲戒解雇処分として退職金を不支給とすることは重きに過ぎ、社会的相当性を欠くものといわざるを得ない。

被告は、たとえ捻出した裏金を会社のために使用したとしても、架空伝票操作自体が懲戒解雇の対象になる違法な行為であると主張するが、右事情に鑑みると、これを採用することは相当でない。

以上によると、原告Eに対し被告がなした懲戒解雇は相当ではなく、懲戒権を濫用したものとして無効といわざるを得ない。

6  原告F

前記認定のとおり、原告Fは、被告会社の工作部長又は修繕部長という地位にありながら、これを利用して架空伝票事件に関与し、金銭を受領しているほか、連判質問状を作成、提出し、賛同者として趣意書に署名するなど、被告会社の経営体制に異議を唱え、経営権に不当に介入する行為を繰り返していたものである。

以上を総合すると、原告Fには被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用と判断することはできない。

7  原告G

前記認定のとおり、原告Gは、被告会社の陸上機械部長という地位にありながら、これを利用して架空伝票事件に関与し、金銭を受領しているほか、連判質問状を作成、提出し、発起人として趣意書に署名するなど、被告会社の経営体制に異議を唱え、経営権に不当に介入する行為を繰り返していたものである。

以上を総合すると、原告Gには被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用と判断することはできない。

8  原告H

前記認定のとおり、原告Hは、架空伝票事件に関与したが、前記5の原告Eと同様の理由により、同原告に対し退職金を不払いとする懲戒解雇をもって望(ママ)むことは重きに過ぎ、社会的相当性を欠くといえる。

そうすると、原告Hにつき被告がなした懲戒解雇は相当ではなく、懲戒権を濫用したものとして無効といわざるを得ない。

9  亡I1

前記認定のとおり、亡I1は、被告会社の修繕部長という地位にありながら、これを利用して架空伝票事件に関与し、金銭を受領しているほか、連判質問状を作成、提出し、発起人として趣意書に署名するなど、被告会社の経営体制に異議を唱え、経営権に不当に介入する行為を繰り返していたものである。

以上を総合すると、亡I1には被告に対する重大な背信行為があったと認められ、被告がなした懲戒解雇は相当であり、懲戒権の濫用とは判断できない。

四  懲戒解雇手続について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)によると、以下の事実が認められる。

(一) 被告会社は、Sの特別背任事件を端緒に明らかとなった架空伝票事件及び一連の反姫野派の策謀について、原告Aを除く原告らから事情聴取をするなどして調査した結果、原告らに懲戒事由が存するとして、佐世保造船所賞罰委員会を設置した。

右賞罰委員会においては、数回にわたり原告らの懲戒事由の有無の検討がなされ、原告らの行為が懲戒解雇に該当するとの判断がなされた。

(二) 被告会社は、右賞罰委員会の答申を受けて原告らを懲戒解雇し、かつ、懲戒解雇者に対しては退職金を支給しない旨を規定する被告会社の退職金支給規定第五条に基づき、原告らに対する退職金を不支給とした。

なお、被告会社は、原告B、同Cには解雇予告手当を支給し、その他の原告については佐世保労働基準監督署に解雇予告手当の除外認定を申請して、平成二年三月八日に同認定を得た。

2  原告らは、本件懲戒解雇をするにあたり、原告らに対する事情聴取がなされなかったり、不十分であったから、解雇手続に不備がある旨主張するが、被告会社では、賞罰委員会の設置ならびに表彰・懲罰案件の付議など処理運用要領において、案件審議上必要な場合は所属長、本人、その他の関係者を委員会に出席させ事情を聴取し又は意見を述べさせることができると規定している(〈証拠略〉)にとどまり、被懲戒者の事情聴取や意見陳述は懲戒解雇の要件とされておらず、被告会社は右処理運用要領に則って処理しているのであるから、本件懲戒解雇に手続上の不備は認められない。

なお、原告Aらは、連判質問状の提出に関しては既にけん責の懲戒処分を受けている旨主張するが、同原告らが謝罪文を提出していたとしても、これが懲戒処分としてのけん責処分であると認めることはできない。

3  以上のほか、原告らの退職金を不支給とした本件懲戒解雇につき手続上の不備は見受けられず、右手続を違法とする原告らの主張は理由がない。

五  認容額

1  本件懲戒解雇のうち原告C、同E及び同Hに対する懲戒解雇は前記のとおり無効なものであるところ、原告Cの退職金額が六二〇万八一九〇円、同Eについては八七一万七五七〇円、同Hについては三九七万二七七〇円であることについて当事者間に争いがない。

2  同原告らは、右退職金の請求に加えて本件訴訟に要した弁護士費用を請求しているので検討する。

一般に弁護士費用については、不法行為に基づく損害賠償請求において、相手方の不当な行為に対抗してやむなく訴訟の当事者となった場合に、当該訴訟における事案の難易など諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲のものに限り、相手方の不法行為と相当因果関係がある損害としてこれを認めることができると解するべきである。

本件は、退職金を請求する事件で不法行為に基づく損害賠償請求事件ではないし、その事案に照らしても本件懲戒解雇が不法行為と同等なものと評価することはできない。

そうすると、他に特段の事情のない本件訴訟においては、同原告らの弁護士費用の請求を認めることはできない。

第四結論

以上のとおり、原告C、同E及び同Hの請求のうち、退職金及び各解雇日から五日を経過した日以降の遅延損害金を求める部分は、いずれも理由があるからこれを認容し、同原告らのその余の請求及びその余の各原告の請求はいずれも理由がないので棄却する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年九月一六日)

(裁判長裁判官 草野芳郎 裁判官 和田康則 裁判官 石山仁朗)

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